皆さんは「道路族」という言葉をご存知でしょうか?

袋小路の新興住宅街などで、子供や大人の遊び声やボールなどの音であったり、近隣住民の車や自転車や植木などを傷つけてしまう行為であったり、夜遅くまでバーベキューや花火などを行う行為を「道路族」と呼び、近隣住民同士のトラブルが多発しているそうです。

道路で遊んでいる人を注意したところ、嫌がらせを受け、嫌々ながらにマイホームを手放した方もいるとの情報があります。また、刑事事件や民事事件にも発展することも多く、現代の社会問題の一つなっています。

道路で遊ぶ方の主張としては、
◇公園まで遠い
◇公園だと不審者がいそうで安心できない
◇公園はボール遊び禁止
◇車通りが少ないので子供も安心して遊べる
◇子供は道路で遊ぶもの
◇自宅前で花火をやって何が悪いのか分からない
◇家の前だとすぐにトイレにも行けるし水分補給も可能
といったものが多いようです。

道路で遊んで欲しくない方の主張としては、
◇道路は遊ぶところではない
◇公園があるのだから公園で遊ぶべき
◇受験生がいるので静かにして欲しい
◇赤ちゃん(乳幼児)がいるので静かにして欲しい
◇21時を過ぎてバーベキューや花火で盛り上がるのはいかがなものか
といったものが多いようです。

双方の主張は真っ向から対立しておりますので、当事者同士が話し合いを行っても平行線をたどったり、感情的になり「嫌がらせ」などの行為に発展しかねません。近隣に住む者同士の関係が悪いのは精神衛生上もよくありませんし、子供同士の関係にもヒビを入れてしまう可能性もあります。

事実、裁判に発展したケースを見てみますと、とある地域で道路族の方に迷惑にあわされた方が引っ越しを余儀なくされ、慰謝料を求めた裁判があります。結論としては、その慰謝料は認められませんでした。
裁判官は「わが国ではその機能を著しく損なわない限りではあるものの、道路が子どもの遊び場や住民の交流の場として利用されてきた経緯があることも併せて勘案すると、本件で問題となる騒音が本件地の正常な利用に伴うものではないからといって、直ちに違法視すべきものとは言えない」と意見を述べています。

では、どのように解決するのがいいのでしょうか。
とある有識者は、「一斉入居の新興住宅街の特質で、同世代間で都合良く勝手に決めたルールがまかり通ってしまう危険性はおおいにある」と警鐘を鳴らしています。また、「人は成人後も発達し、文化の継承をしていくことでモラルも身に付け、精神も成熟していく。それが、シニア世代も含めた多様な年齢層でコミュニティーが構成されない地域では、規範や文化の継承がされず、無法地帯になっているところも少なくない。」と語っています。

有識者達の共通見解は、近隣での騒音トラブルなどに共通する要素として、
①社会的関係の希薄な居住地
②間に誰も挟まず、当事者同士で解決を図ろうとする
ことが多いと感じているようです。

新興住宅街という、同じ世代が一斉に入居し、一般的に同じ価値観を持っていると思われがちな人が集まる環境が、道路族のトラブルをより深刻なものにすると言えるのかもしれません。

「都市化に伴って社会的規範や道徳が失われた状況の中で、異質な人々が隣り合う環境が人工的に作られたことが、異なる価値観を持つ人々のトラブルを強化する方向に働いてしまっている」と語る弁護士の方もいらっしゃいます。

新興住宅街における地域コミュニティーは、構成員が同世代であるからこそ、「互いに異なる価値観を持っている」という前提に立ち、信頼関係を築き上げる中で「お互いさま」の精神を発揮しないと成り立たないということを、まずは認識・自覚する必要があるのではないでしょうか。

最後になりますが、とある地域の町内会長さんが掲げた袋小路住宅街での約束事の例がありますので、参考までにお伝えしたいと思います。

<約束事>
1 原則、子供は外であそぶべきである
2 道路で遊ぶのは日が暮れるまでとする。
(目安は17~18時ころまで)
3 遊ぶのは問題ないが、近所の方の迷惑にならないよう注意を払う
4 バーベキューや花火などは近所の方に一声かけるものとし、
21時には完全に撤収するものとする
5 乳幼児や受験生など様々な立場の方が一緒に生活していることを忘れてはならない
6 お互いに「お互い様」の精神を持つ

いかがでしたでしょうか。
絶対の正解はないと思いますが、お互いにお互いを思いやる気持ちがあれば解決できない問題ではないと思います。ご自身の主張を押し付けるだけではお互いに嫌な気持ちになりますので、折衷案を作成するなど全員が気持ちよく暮らせる街づくりができればと思います。

制作著作:日本はぐケア協会