産婦人科医の中でも、一部の医師にのみ許されている行為が、いわゆる「中絶手術」です。「堕胎」という呼ばれ方をしたりもしますが、正式には「人工妊娠中絶手術」といい、「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児およびその附属物を母体外に排出すること」と定義されています。

 「生命を保続することができない時期」というのは、現在では「妊娠22週未満(6ヶ月半)」です。この時期を過ぎて、妊娠22週以降になると「生存可能期間」になるため、いかなる理由があっても人工妊娠中絶は行うことができません。もし行った場合は「堕胎罪(人間の胎児を母親の体の中で殺すか、母親の体の外に出して殺すこと)」に問われます。

 ちなみに、この「生命を保続することができない時期」はこれまで何度か変更されて来ました。日本においては、昭和28年に「妊娠8ヶ月未満」、昭和51年に「妊娠24週未満」であったものが、平成2年に現在の「妊娠22週未満」に変更されました。これは、医療技術の発達により、より早い週数の胎児でも母体の外で生きていくことが可能になったためです。

 一方で、人工妊娠中絶は「母体保護法」という法律で規定されています。この法律の範囲内であれば、たとえ胎児を殺したとしても「堕胎罪」は適用されない、という考え方です。その条件が、「生命を保続することができない時期」であったり、後述する「母体保護法指定医」であったりします。

 この母体保護法で人工妊娠中絶が可能とされているのは、

(1) 身体的もしくは経済的に母体の健康を著しく害するおそれがある場合
(2) 強姦(レイプ)により妊娠した場合

に限られています。もしこの基準から外れると医師が判断した場合、医師は手術を拒むことができます。

現在、ほとんどの人工妊娠中絶手術は、この「経済的理由」を根拠にして行われています。経済的に妊娠継続可能かどうかを客観的に判断することは難しいためです。決して、希望したからすぐにできる、というものではありません。

また、この人工妊娠中絶は「母体保護法指定医」という資格を持った医師しか行うことができません。その取得の条件の一つに「産婦人科専門医であること」があるため、原則として産婦人科医以外は行うことができません。

* * * * *

 手術は、妊娠12週未満の初期中絶と、12週以降22週未満の中期中絶とに分けられます。初期の中絶は、「子宮内容掻爬術」と呼ばれるもので、麻酔をかけて、子宮内の胎児を掻き出したり、吸引したりする手術です。手術そのものにかかる時間は5分から10分程度で、麻酔の時間をあわせても1時間もかかりません。基本的には日帰り入院のことが多いです。

 12週以降の中期中絶では、胎児がすでに大きく育っているため(頭の直径が約2cm、頭殿長(座高)が約6cm)、前述の方法はとれません。原則として入院し、陣痛促進剤を使って陣痛を起こさせ、「分娩」というかたちをとります。薬を使い始めてから1日か2日で分娩になることが多いですが、それ以上かかることもあります。基本的には分娩の翌日に退院となります。また、扱いも「死産」となるため、死亡診断書が必要で、火葬場で火葬することになります。これは、法律で規定されています。

初期も中期も、退院から1週間後くらいに再診をして、異常がないか確認をします。問題なければそこでいったん終了です。もし、子宮の中に膜や胎盤の一部が残っていたりすると、なかなか出血が止まらなかったり、子宮の中で癒着して将来の不妊の原因になったりますので、嫌かもしれませんが診察は必ず受けるようにしてください。次の月経は1ヶ月程度で戻ってきますが、多少、遅れることもあります。

 人工妊娠中絶に対しては基本的に保険は効かないため、すべて自費となります。病院によって異なりますが、初期で10万〜15万、中期で20万〜30万前後のことが多いです。

 このように、人工妊娠中絶は身体的にも金銭的にも、非常に負担の大きいものです。人工妊娠中絶を選択する理由は人それぞれですので、ここでは、その是非は問いません。ですが、コンドームやピルを使えば、避妊率は99%以上であり、費用も数千円で済みます。特にコンドームは、クラミジアや肝炎、梅毒、HIVといった性感染症も防いでくれます。このことはぜひ、知っておいて下さい。

* * * * *

 2014年の人工妊娠中絶件数は約18万6千件です。年間の出生数が約100万件、体外受精による出生が約5万件(体外受精の実施は約40万件)ですので、多いか少ないかの判断はお任せします。ちなみに、年間の交通事故による死亡者は4,000人弱です。

 人工妊娠中絶というと未成年というイメージがあるかもしれませんが、全体の中で20歳未満の占める割合は約10%です。20代が最多で約42%、30代が約38%、40代でも約9.5%を占めています。

 ただし、20歳未満の妊娠のうち約60%以上が人工妊娠中絶を選択し、40代でも50%以上が同様の選択をしています。理由としては、「育てる余裕がない(年齢的あるいは金銭的)」、「キャリアのため」、「想定外」、「パートナーがいない(未婚もしくは不明)」、「胎児の障害」等が挙げられます。

 20歳未満の妊娠は絶対数が少ないため、全体の中で占める人工妊娠中絶の割合も少なくなっています。ただ、未婚の割合が多く、金銭的あるいは社会的に妊娠継続や出産、育児が困難なため、6割以上が「産まない」という選択をしています。

 20代、30代になると、「産めるけれども産まない」、「まだ早い」という選択が増え、40代を越えると「年齢的に(出産や子育ては)無理」という判断が多くなっています。

 産む産まないの判断は人それぞれですが、人工妊娠中絶とは身体への負担を伴った「医学的処置」です。出血や感染で命の危険を伴ったり、将来の不妊の原因になったり、可能性は低いですが本当に亡くなってしまったりすることもあります。

そうでなくても、人間は年齢を重ねれば重ねるほど、妊娠率が下がります。20代に「まだ早い」と思って人工妊娠中絶をして、30代になったら今度は妊娠できない、ということは珍しくありません。

 「できたから堕ろす」みたいに簡単なものではない、ということは、頭の片隅においておいて下さい。

* * * * *

 最後に、男性の方は、妊娠、そして感染に対して正しい知識を持ち、それを踏まえた上で、女性のことをいたわってあげるようにして下さい。「できたら堕ろせばいい」という安直な考えは持たないで下さい。人工妊娠中絶は、女性の心と身体に大きな負担をかけます。なにより、一つの生命を断つ、敢えて言えば「殺す」という行為に変わりはありません。その重みは噛みしめるようにして下さい。

 女性の方は、男性以上に、自分自身の心身に負担がかかるということを認識して下さい。手術の後遺症で子宮の中に傷が残り、その後、妊娠できない(もしくは妊娠しにくい)身体になってしまう可能性もあります。妊娠を望まない場合は、はっきりと避妊したい意思を相手に伝えて下さい。それを拒むような相手は、付き合う価値はひとかけらもないと断言します。

 そして、我々産婦人科医は、生命の誕生の手助けをしたくて産婦人科を選びました。ほとんどの産婦人科医は、好きで人工妊娠中絶を行っているわけではありません。できればやりたくないと心の中では思っています。毎月、水子地蔵への参拝を欠かさない産婦人科医も知っています。

「ゆりかごから墓場まで」が産婦人科の仕事と言われていますが、「ゆりかご」の前に「墓場」が来てしまうようなことが、1つでも少なくなってくれればと心から願っています。